コーディ(cody)はアメリカ合衆国の西部ワイオミング州パーク郡にある町。 バッファロー・ビルこと、本名ウィリアム・フレデリック・コーディのコーディの名に因む。人口は8835人。
周りはロッキー山脈のアブサロカ山脈とベアトゥース山脈に囲まれており、コーディから東にショショーニ国有林があり、町はイエローストーン国立公園から東へ約81kmに位置する。
1896年に「バッファロー・ビル・コーディ」こと、ワイルド・ウェスト・ショーのウィリアム・フレデリック・コーディを中心に、ジョージ・T・ベックら投資家達が、現在のにオールド・トレイル・タウンと呼ばれる西部開拓時代の歴史建造物が残る地に、コミュニティを創立し、運河を造り、ビッグホーン盆地の土地を潅漑し、ショショーニ族の土地と灌漑会社を創立した事に始まる。キャリー法(Carey Act)による水源による販売利益による開拓を期待していた。バッファロー・ビルは町の創立に尽力を尽くした。何時しか町の名は投資家達により、彼の名を利用し、コーディと呼ばれる様になった。ワイオミング州最古の商工会議所であるコーディ国商工会議所など建てられ町は発展して行った。1902年にコーディの町は合併。バッファロー・ビルはログキャビンのホテルを建てるが娘アニーの名を名付けた。そして新しい町に拍車を構築する為、バーリントン鉄道を誘導し、イエローストーン国立公園東部への開拓の道を開いた。その後も更なる町の経済強化の為、バッファロー・ビルは友人のセオドア・ルーズベルト大統領に アメリカ開墾局の設立し、潅漑と電気補給の為、ショショーニ・プロジェクト呼ばれる、ダムとため池建設の為に頼み、1905年からバッファロー・ビル・ダムが1910年に完成した。1909年にパーク郡が組織された。1930年に世界恐慌が町を襲うが、第一次世界大戦まで速いペースで町は発展し続けた。
コーディは西部開拓時代のカウボーイ文化を今なを色濃く残しており、1895年に創立されたオールド・トレイル・タウンと呼ばれる開拓時代の歴史建造が残る博物館の様になっている場所や、町の英雄バッファロービルの銅像がある、バッファロー・ビル歴史地区には博物館などあり、バッファロー・ビル コーディ・スタンピード・ロデオ、コーディ・ナイト・ロデオなどロデオ大会が盛んである。路上でのガンファイトショーなども行われる。ショショーニ族、シャイアン族、クロウ族などの平原インディアンによるパウワウも開催されている。
その他の名所にはバッファロービル州立公園、ミーティートス銀行博物館、テカムセの旧西ミニチュアビレッジ&博物館 ビッグホーンキャニオン国立保養地、付近にあるイエローストーン国立公園などがある。
出典:Wikipedia(コーディ)